自家不和合性とは、同じ遺伝的な型の花粉による受精が成立しにくい性質です。単に「花粉が花に付かない」ことではありません。土佐文旦の無核化・肥大を扱う研究でも、結実や種子との関係が検討されています。
種の数だけで品種や品質を決めることはできません。有核果と無核果を比較した温室土佐文旦の研究では、形や果汁の性質に差がありました。受粉条件、樹、収穫時期などを合わせて読む必要があります。
研究の処理方法と一般栽培
研究報告に出る植物成長調節剤の処理は、読者への散布指示ではありません。この版は生物学的な仕組みと原典への入口を示します。実際の栽培処理は、品種・目的・地域・現行登録に対応した指針で判断する内容です。
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花の部位を接写で見る

2022年5月6日10:09:32撮影。開いた花とつぼみが同じ枝に見え、花びら、周囲の雄しべ、中央の雌しべを見比べられます。花粉の品種や受粉の成否を示す写真ではありません。
花弁が落ちる頃の子房・幼果を見る

2024年5月21日12:03:10撮影。花弁の多くが落ちた頃の柑橘で、緑色の丸い部分と、その先に残る花柱を近くから観察できます。品種名と先端の赤みの由来は未照合です。受精の成否や結実率を示す写真ではありません。
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この章の根拠・さらに詳しく
- S13|川井ほか|土佐文旦果実の無核化および肥大促進技術の開発 ↗植物の生長調節・研究発表要旨集の冊子p.69(PDFの57ページ目)。自家不和合性と受粉・種子。実験処理を自社の作業へ転用しない。
- R03|Changes in Quality of Seedless and Seeded Fruits during the Maturation Period in Pomelo Trees Grown in Plastic House著者抄録確認
- T33_01|熊本県農政部(1996)|甘夏花粉の発芽率維持と石松子の適正混用比 ↗PDF全2頁を確認。甘夏での試験。混用比・保存条件の数値を文旦へ転用しない。
- T33_02|農研機構果樹研究所・高知県農業技術センター果樹試験場|ニホンナシ溶液受粉マニュアル ↗PDF全5頁を確認。ナシ「幸水」対象。作物が違う参考資料。
水晶文旦の親は、通説と研究を読み分ける
水晶文旦は土佐文旦と晩王柑の交配と説明されることがあります。しかし高知県の2024年の論文は、土佐文旦のS遺伝子型S1S3、晩王柑のS1S4に対し、水晶文旦がS1SAであることから、その組合せでは説明が難しいと報告しています。由来を述べる際は、この不一致も併記します。
この研究は交配後の花粉管の伸長などから自家不和合性遺伝子型を推定したもので、水晶文旦のもう一方の親を全ゲノム解析で同定した、という結果ではありません。一方「90T9」は土佐文旦×水晶文旦と整合する結果でした。検証できたことと、未解決の親の同定を分けます。
自家不和合性は、単に自分の花粉が柱頭に付かないという意味ではありません。受粉から花粉管伸長・受精・種子形成・果実の発育という段階を分けると、人工受粉の目的と種子ができる理由を理解できます。種の数だけでおいしさを保証することはできません。
根拠・原資料:高知県研究報告33|水晶文旦・90T9の由来の推定(2024) / Changes in Quality of Seedless and Seeded Fruits during the Maturation Period in Pomelo Trees Grown in Plastic House / 川井ほか|土佐文旦果実の無核化および肥大促進技術の開発
無核性と染色体数の研究へ
土佐文旦の人工受粉:1983年の現地試験
山崎(1984)は、土佐市の7年生樹6樹で、日向夏・八朔の花粉を使う1983年の現地試験を報告しました。有葉花と直花を分け、受粉後の袋掛けと摘果を行って比較しています。
結果の要約では、収穫時の受粉果は無処理果に比べて重量が30〜60%大きく、酸には差が見られなかったとされています。日向夏と八朔の差は明瞭ではありませんでした。特定の年・園地の結果であり、どの園でも同率の増大を約束する値ではありません。
著者は、その年の乾燥や樹勢の影響も考察しています。花粉の種類、花の種類、結実率、最終果重を別々に記録することが試験を読む要点です。
人工授粉と花粉増量剤「石松子」:公的資料の一般解説
果樹の人工授粉では、花粉をそのまま使うだけでなく、少ない花粉を効率よく使うための増量剤を混ぜる方法が公的資料で紹介されています。カンキツで用いられる増量剤のひとつが「石松子(せきしょうし)」です。
熊本県の技術情報(1996年・農業の新しい技術No.331)は、甘夏の花粉に石松子を混ぜる割合を検討し、重量比で1対3以内であれば、花粉だけの人工授粉とほぼ同等の結実・果実肥大が得られたと報告しています。葯(やく)を開かせて花粉を取り出す開葯は25℃で12〜24時間がよいこと、採取した花粉は乾燥剤とともに低温で保存すると発芽率を保てることも整理されています。甘夏での試験であり、土佐文旦など文旦類の保証値ではありません。
農研機構果樹研究所と高知県農業技術センター・果樹試験場がまとめたニホンナシ「幸水」の溶液受粉マニュアルは、花粉を混ぜた溶液を柱頭へ吹き付ける省力受粉を解説しています。そのなかで、梵天(ぼんてん)を使う通常の人工受粉とは花粉の扱いが異なること、授粉済みの花を見分けるために溶液へ赤い食用色素を加える工夫が述べられています。作物の違うナシの資料であり、文旦へそのまま転用しませんが、人工授粉の道具と考え方を知る参考になります。
根拠・原資料:熊本県農政部(1996)|甘夏花粉の発芽率維持と石松子の適正混用比 / 農研機構果樹研究所・高知県農業技術センター果樹試験場|ニホンナシ溶液受粉マニュアル
当園の実践:小夏の花粉を、梵天でひと花ずつ(園主談)
この図書館を運営するやの一果彩では、5月上旬から下旬の開花期に、人の手で授粉を行っています。先のやわらかな梵天で、文旦の花の柱頭へ小夏の花粉をひと花ずつ付けていきます。花粉には、授粉した花が分かるように赤い石松子を混ぜて使います。
約1,800本の木を、この期間に3周ほど回ります。多い木では1本に1000以上の花が咲き、日ざしの照りつける急斜面での作業が続きます。この春のひと手間が、冬の実りを支えています。
この項は園主の説明(2026年10月7日・一次情報O33_01)に基づく当園の実践の紹介で、研究の測定値ではありません。結実率や果実品質の保証値を示すものではなく、作業の回数・時期はその年の開花や天候により変わります。上の公的資料の数値は甘夏・ナシでの試験条件であり、当園の作業の数値ではありません。
高知県土佐市から農園直送公式通販で土佐文旦を見る →水晶文旦の親:2016年のDNA検定と2024年の交配試験
水晶文旦は土佐文旦と晩王柑の交雑に由来するとの説明が広く見られますが、両親が確定した系図として扱うことはできません。2016年のDNAマーカー研究は、土佐文旦との親子関係を支持しました。ただし晩王柑は調べておらず、土佐文旦と平戸文旦を両親とする組合せは棄却しています。
| 2024年に推定した品種 | S遺伝子型 |
|---|---|
| 土佐文旦 | S1・S3 |
| 晩王柑 | S1・S4 |
| 水晶文旦 | S1・SA(SAはS3・S4と異なる未同定型) |
土佐文旦を種子親、晩王柑を花粉親とすると、水晶文旦の推定型を説明できません。2024年の報告はこの従来説との不整合を示したもので、土佐文旦が片親である可能性まで否定したものではありません。両親の確定には、別の候補とDNAを含む追加検証が必要です。
根拠・原資料:谷本(2024)|水晶文旦および90T9の由来の推定 / Shimizuほか(2016)|Hybrid Origins of Citrus Varieties Inferred from DNA Marker Analysis
水晶文旦は必ず種なしになるのか
受粉が成立しやすいことと、最後まで種子が育つことは別の段階です。2024年の研究では、早崎に水晶文旦の花粉を付けると花粉管は花柱の基部へ進んだものの、種子の発育は不良でした。逆に水晶文旦へ早崎の花粉を付けた調査果2個には、完全種子が13個と14個ありました。
これは2果の観察値で、水晶文旦全体の平均種子数ではありません。「種が少ない」という品種の特徴を「どんな受粉条件でも無核」と読み替えず、花粉親・交配方向・完全種子と不完全種子を区別して記録します。
根拠・原資料:谷本(2024)|水晶文旦および90T9の由来の推定
花粉をすぐ使う場合と、冷凍保存する場合の調製
廣瀬(2017)の学位論文要約では、花粉用のつぼみは樹全体の1〜4分咲きに、開花直前〜1日前のものを集めると良好でした。開葯直後の土佐文旦花粉は高湿度で発芽が良好でしたが、長期冷凍後を調べると、低湿度40%RHで調製した花粉の発芽率が高くなりました。
すぐ使う花粉と貯蔵用花粉で評価条件が違います。また土佐文旦の電動受粉は作業時間を筆による慣行の31%へ短縮しましたが、10倍希釈では花粉使用量が6倍でした。省力化と花粉の節約を別々に検討する研究です。
水晶文旦の無核化試験:種子・果実重・糖と酸の実測値
2005〜2007年の施設水晶文旦の試験は、軟X線で処理した日向夏の花粉を受粉に使ったものです。果実を照射した試験ではありません。2007年の各区10果の値を抜粋します。
| 試験区 | 果実重g | 糖度計示度 | クエン酸g/100mL | 完全種子 個/果 | 不完全種子5mm以上 個/果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 500Gy花粉区 | 569.4 | 12.0 | 0.73 | 0.0 | 6.9 |
| 750Gy花粉区 | 571.1 | 12.0 | 0.70 | 0.0 | 5.8 |
| 1,000Gy花粉区 | 497.4 | 12.2 | 0.74 | 0.0 | 4.4 |
| 無照射花粉区 | 896.9 | 12.2 | 0.70 | 20.7 | 2.0 |
照射した花粉の区では完全種子がなく、果実重は対照より有意に小さくなりました。糖度・クエン酸には有意差がありませんでした。照射3区は1樹内、対照は別樹なので、樹間差を含みます。収量性はこの配置では検討していません。小さな不完全種子が残るため、「種なし」を組織が全くない状態と同一視しないことも大切です。
土佐文旦:種子を減らしたとき、露地と温室で同じ結果になるか
2008年の高知県の公開要約では、処理した日向夏花粉による土佐文旦の無核化で、着果率と果実の大きさが低下しています。果汁糖度は施設栽培で対照と同等でしたが、露地栽培では低下しました。クエン酸含量には差がありませんでした。
果肉歩合は低下しても、実際に食べる砂じょうの可食歩合は同等という結果です。「果肉」の集計に膜や種子が含まれるかで意味が変わります。水晶文旦の結果を温室土佐文旦や露地土佐文旦にそのまま当てはめず、品種・環境・測定部位ごとに比較します。全文表の値を今回取得したわけではないため、要約にない数値は補っていません。
受粉用花粉の長期保存:低温と過乾燥は別の問題
土佐文旦の無核果生産に使う日向夏花粉を調べた2008年の要約では、3か月〜1年間の保存は−20℃以下が必要とされ、1年間では−40℃の方が発芽率を高く保ちました。一方、花粉の10倍量のシリカゲルを袋に入れた条件では、4か月後の発芽率が1%以下となり、1年後には発芽力を失いました。
同じ報告では、窒素置換や真空による改善は認められず、酸素のみを吸収する脱酸素剤で発芽率が低下した条件もあります。採取時の乾燥、保存容器、乾燥剤、温度をひとまとめに「乾燥・冷凍すればよい」としないための知見です。保存後の発芽試験と、園地での着果確認は別に必要です。
水晶文旦の親:2026年のLID-2マーカーによる追加検証
同じ研究の表3では、LID-2の型が次のように示されています。A・Bはマーカーで区別した対立遺伝子です。
| 供試系統 | 保存番号 | LID-2 |
|---|---|---|
| 土佐文旦 | JP 117280 | BB |
| 晩王柑 | JP 117432 | BB |
| 水晶文旦 | JP 117279 | AB |
BBの土佐文旦とBBの晩王柑の組合せから、通常の遺伝ではABを説明できません。著者は従来の親の組合せと異なる可能性を指摘しています。2024年のS遺伝子型研究とも併せ、従来説を確定した家系として表示せず、真の両親は未確定と整理します。これは新しい両親を特定した結果ではありません。
日本:種を減らす処理と、摘果時期を一緒に調べた研究
区分:日本 / 条件付きの研究結果
2007年の原著は、高知のほぼ土佐文旦だけの園で、7年生8樹を調べています。ストレプトマイシン処理と早い摘果を組み合わせると無核果が得られ、満開4週間後に摘果した区では大きな果実の割合が増えました。中心部の発達が小さく、房を分けやすいという形態的な違いも報告されています。
比較では処理6樹・対照2樹を用い、対照は人工受粉、処理区は自然受粉で、摘果の時期も異なります。したがって全ての差を薬剤だけの効果とはいえません。これは無核化の研究史として扱い、現在の使用登録や散布指導とは区別します。土佐文旦・水晶文旦の照射花粉研究、遺伝的に種ができにくい新品種とは別の方法です。






