土佐文旦の実りを支える春の仕事が、人工授粉です。やの一果彩では、小夏のつぼみから花粉を採り、使いやすく調製して、文旦の花へ届けます。ここでは、当園で使う機械や道具とともに、その手仕事を紹介します。
葯(やく)は、花粉を入れた小さな袋。雄しべの先にある黄色い部分です。葯を支える細い軸を「花糸(かし)」、葯が開いて花粉が出ることを「開葯(かいやく)」といいます。
1.5月、小夏のつぼみを集める
まず、花粉を採るために小夏のつぼみを集めます。花の状態を見ながら採取し、容器に入れて作業場へ運びます。小夏はヒュウガナツの呼び名の一つで、高知県の土佐文旦の作業暦にも、ヒュウガナツなどの花粉を使う人工受粉が示されています。[作業暦]
2.葯を採り、花びらや花糸を除く
つぼみから葯を取り出す「葯採取機」
つぼみを機械に入れ、花びらなどから葯を分けます。当園の写真にあるのは、ミツワの葯採取機 MK-402です。一度通しただけでは、葯に細い花糸や小さな花びらが混ざるため、次の精選工程へ進みます。[メーカー資料]
傾斜を利用する「葯精選機」と、ふるいによる仕上げ
赤い機械は葯精選機 KBS-6です。傾斜のあるベルトで分離し、葯は下の受け箱へ、くずは上方へ排出されます。分かれ方に合わせて供給量や傾斜を調節する仕組みです。[取扱説明書]
当園では、その後にふるいを使って残った花糸や花びらを取り除きます。さらに開葯皿へ広げる際、目に付く小さな混入物をピンセットで取り除きます。機械と手作業を重ね、葯をできるだけきれいに整えます。
混入物を除く作業は、乾き方をそろえるためにも大切です。開葯器の説明書も、細かい花糸などを除いてから使うよう案内しています。[開葯器の取扱説明書]
3.葯を薄く広げ、温度を管理して開葯する
黒い面の開葯皿に、葯が重ならないよう薄く、均一に広げます。写真の開葯器 M-600Dで温度と通気を管理し、葯が開いて花粉を取り出せる状態にします。
当園での目安:27℃前後、約24時間。園主の経験に基づくおおよその作業条件です。必要な時間は、葯の状態や水分量、広げる量などで変わります。
メーカーの一般例では梨・リンゴ・キウイフルーツなどは25~28℃とされていますが、適温や時間は果樹によって異なります。小夏の標準条件としてそのまま置き換えず、葯の状態と地域の指導に合わせて扱います。[開葯器の取扱説明書]
4.花粉を取り出し、石松子と混ぜる
開葯の後に使う「花粉精選機」
開葯した後は、花粉精選機で花粉と葯殻を分けます。つぼみから葯を採る機械、葯を開かせる機械、開いた葯から花粉を分ける機械は、それぞれ役割が違います。花粉精選機は、開葯と乾燥が済んだものを扱う工程です。[メーカー資料]

開葯後の花粉と葯殻を分けるために使います。
石松子は、花粉を扱いやすくする増量剤
石松子(せきしょうし)はヒカゲノカズラ類の胞子を利用した、人工授粉用の増量剤です。当園では染色石松子と花粉をすり鉢に入れ、すりこぎでむらが少なくなるよう混ぜ合わせます。すり鉢に残ったものは刷毛で集め、作業用の容器へ移します。
石松子の表示と、混ぜる割合の考え方

袋には対象作物と、葯付き花粉を使う場合の使用量が記されています。
この袋の表示は、リンゴ園での葯付き花粉12gに対し、染色石松子約50gという例です。純粋な花粉と葯殻を含む花粉では、同じ重さでも中の花粉量が違います。
高知県の土佐文旦の作業暦は、石松子による増量を2~3倍としています。一方、精製花粉を使う電動授粉の研究には、発芽率を測ったうえで別の倍率を使う例もあります。作物、精製の程度、発芽率、授粉方法をそろえて割合を決めることが大切です。袋のリンゴ向けの割合を、そのまま文旦用に当てはめることはできません。[作業暦] [高知県の授粉研究]
5.梵天で一花ずつ、柱頭へ届ける
梵天(ぼんてん)は、先端がふわっとした授粉用の道具です。当園では竹やスチールの約1mの棒の先に取り付け、容器の花粉を付けて使います。花の中央にある雌しべの先、柱頭(ちゅうとう)へ行き渡るよう、花を傷めないように触れさせます。
授粉用の花粉や梵天は、雨や露で濡らさないよう扱います。保管・精選中の吸湿と、柱頭に届いてからの発芽は分けて考える必要があります。濡れた花粉は精選機での分離も悪くなるため、保管から使用まで、水分の管理に気を配ります。[メーカー資料]
6.翌年へつなぐ冷凍保存と、使用前の発芽率検査
当園では、乾燥させた花粉を保存用の紙に入れ、余分な空気を抜いてチャック付きの袋へ入れ、袋の口をしっかり閉じて冷凍保存します。保存する花粉に花糸や花びらなどができるだけ残らないよう、前の工程から丁寧に取り除いています。
翌年は、使う前に発芽率を検査します。当園では近くの普及センターなどへ持参し、発芽する力を確かめたうえで使用します。保存できているかどうかは見た目だけでは分からないため、この確認を大切にしています。高知県とJAによる土佐文旦用花粉の発芽試験も報告されています。[普及活動の報告]
冷凍保存について、研究から分かること

翌年に使う花粉を保管し、使用前には発芽率を確かめます。
ヒュウガナツ花粉の貯蔵研究では、無照射花粉を含む試験で、3か月~1年の貯蔵に−20℃以下が必要とされました。ただし、これは研究条件での結果で、写真の冷凍庫の実測温度や当園の発芽率を示すものではありません。[貯蔵研究]
同じ研究では、照射花粉に大量のシリカゲルを同封した条件で発芽率が低下し、真空にしても空気を入れた密封との間に改善が見られない条件がありました。花粉は「強く乾燥させるほどよい」「空気を完全に抜けば長持ちする」とは限りません。包材・温度・乾燥の条件と、使用前の発芽試験を組み合わせて判断します。[貯蔵研究]
花の部位と、受粉・受精・結実

白い花びら、周囲の雄しべ、中央の雌しべを見比べられます。5月の花の接写です。
雄しべの先の葯には花粉が入り、中央の雌しべの先には柱頭があります。花粉が柱頭に付くことが「受粉」、人が花粉を付ける作業が「授粉」です。その後の受精や、果実が育って残る結実は、別の段階です。詳しくは受粉・自家不和合性・種子をご覧ください。
花が終わる頃の形は、子房・幼果の写真記録へ。一年の作業の流れは、月別作業・写真カレンダーへつながります。
参考資料
当園の作業は園主の説明と写真による記録です。機械の名称・役割と一般的な知見は、以下の資料で補っています。
- 高知県・こうち農業ネット「土佐文旦の作業暦」(2019年)
- ミツワ「葯採取機 MK-402 取扱説明書」
- ミツワ「葯精選機 KBS-6 取扱説明書」
- ミツワ「開葯器 M-600D 取扱説明書」
- ミツワ「花粉精選機 PSM-5 取扱説明書」(花粉精選の役割を参照)
- 高知県果樹試験場「土佐文旦の人工受粉省力化技術」(2019年・電動授粉の研究)
- 中央西農業振興センター「土佐文旦人工受粉用の花粉をチェック」(2015年4月分)
- 矢野臣祐ほか「軟X線を照射したヒュウガナツ花粉の長期貯蔵法」要約(無照射花粉を含む温度比較と、照射花粉の保存条件の試験)























